1歳7ヶ月の男の子がボタン電池を誤飲して入院する事故が発生しました。
男の子は空気清浄機のリモコンから電池を取り出し、それを飲み込んでしまいました。
最終的に、全身麻酔下にて摘出手術をし、約2週間の入院を経て治癒しましたが、ボタン電池の誤飲は体内の臓器にもダメージを与え摘出だけでは済まない事故になっていた可能性もあります。
本記事では、事故の原因や未然に防ぐための対策方法を日本小児科学会が公開した情報を元に紹介します。同様の事故が起きないように対策を学んでください。
目次
事故発生の原因
4月3日の午後2時30分頃、1歳7ヶ月の男の子と母親は自宅にいました。
母親が“ゴクリッ”という音を聞き、1歳7ヶ月の男の子を見るとダラダラと唾液を垂らしていました。
近くに電池のとれた空気清浄機のリモコンが落ちていたため、誤飲を疑って病院を受診しました。
病院の治療・手術
病院到着時、1歳7ヶ月の男の子は呼吸困難はなく、嚥下困難だけがありました。
レントゲン写真にて異物を確認し、全身麻酔下に内視鏡にてボタン電池を摘出しました。
誤飲から4時間後、摘出直後の食道粘膜は黒色に変色し、糜爛を認めました。
ステロイドを1回のみ投与、絶飲食とし、抗菌薬の投与、H2受容体拮抗薬にて保存的に加療を行いました。
翌日、唾液の嚥下が可能となりました。
入院7日目、内視鏡では潰瘍がみられ食道の狭窄も疑われましたが、食道造影を実施したところ明らかな狭窄や漏れはなく、翌日より水分摂取を開始しました。
入院12日目、内視鏡にて潰瘍は改善傾向であったため食事を開始しました。それ以後、経口摂取は順調に進みました。
入院13日目に退院し、1ヶ月後の内視鏡にて治癒が確認されました。
類似傷害・事故
同様の類似事故は、日本全国で起きています。
日本小児科学会のレポートにまとめられている6件の類似事故を簡単に紹介します。
類似事故(1歳2ヶ月の子ども)
12月23日の午後0時20分頃、1歳2ヶ月の男の子の母親は、居間の引き出しに入っていたボタン電池が1個不足していることに気づきます。
その後、1歳2ヶ月の男の子は嘔吐を繰り返し、苦しそうにしています。母親はボタン電池の誤飲を疑い、救急車を呼んで来院します。
祝日のため当直医師が診察し、胸部レントゲン写真で円形陰影を確認しました。
その後、呼び出された小児科医がボタン電池の誤飲と判断し、ただちに消化器内科医、麻酔科医などを緊急招集し、午後4時1分より全身麻酔下で緊急摘出を開始します。内視鏡で食道入口部周囲の著しい浮腫、発赤、糜爛と、壊死組織に覆われた異物を確認しました。内視鏡にて異物を摘出後、ICUにて呼吸管理等を行いました。
翌日、胸部レントゲン写真で縦隔気腫が認められたため、最終的に小児外科医のいる施設に転院し、全身管理を受けました。
4日目には、内視鏡検査で食道狭窄、食道粘膜の腐食・壊死が再確認され、胃瘻造設を行い経管栄養が開始されました。その後、徐々に経口栄養を開始し、24日目には食道内視鏡検査で食道狭窄は残っているが粘膜は再生していることが確認され、事故から26日目にようやく退院となりました。
類似事故(4歳の子ども)
2016年11月10日の午後5時頃、4歳の女の子の父親は電子体温計のボタン電池を交換し、使用済みの電池を廃棄用のビニール袋の中に入れ、キッチンにある高さ100cm弱程の棚の手前に置きました。
午後8時30分頃から午後9時頃、4歳の女の子は夕食を問題なく食べました。
午後9時45分頃、居間で4歳の女の子が啼泣しながら胸部痛を訴えたため、誤飲を疑って父親がトイレで4歳の女の子の口に指を入れ吐かせようとしましたが、排出物はありませんでした。以降、疼痛の訴えはなくなったため経過をみていました。
その後、ボタン電池がなくなっていることに父親が気づき、誤飲を疑い午後10時20分に病院を受診します。
病院受診時、呼吸困難感や胸痛、嚥下時の痛みはなく、バイタルサインは安定していました。
胸腹部単純X線写真で胃内に直径2cm大の円形異物を確認し、全身麻酔下での緊急内視鏡検査でボタン電池を摘出します。摘出までに誤飲後4時間程経過していました。
食道下部に電池が停滞した際に生じたと考えられる粘膜損傷を相対する二箇所がありました。また、胃底部に食物残渣と電池を確認し、摘出後の同部位に粘膜発赤を認めました。
入院同日は絶飲食、補液管理になりました。穿孔を疑う所見はなく、覚醒後から経口摂取を開始しました。疼痛が生じることなく経口摂取可能であることを確認し、入院翌日に退院しました。
なお、この時の直接医療費は合計で296,640円でした。
類似事故(2歳5ヶ月の子ども)
2017年4月10日の午後9時頃、2歳5ヶ月の男の子が居間で仰向けになり、苦しんでいるところを母親が発見しました。
2歳5ヶ月の男の子は何かを飲み込もうとするような動きをしており、床に落ちていたはずのボタン電池が見当たらなかったため、母親は誤飲の可能性を考えて午後9時50分に医療機関を受診します。
受診時、バイタルサインは安定していました。
胸部単純X線写真で上部食道にhalo signを伴う直径2cm大の円形異物を確認し、ボタン電池誤飲と判断します。直ちに麻酔科医および消化器内科医を招集し、翌日午前1時より全身麻酔下での緊急内視鏡的異物除去が実施されます。しかし、周辺粘膜の腐食・浮腫・出血などにより内視鏡では観察困難でした。 耳鼻咽喉科医に応援を要請し、午前4時37分に耳鼻科医により直視下で鉗子によりボタン電池が摘出されました。
喉頭粘膜に浮腫を生じていたため、抜管は行わず集中治療室で人工呼吸管理を継続します。ファモチジン投与、抗菌薬投与を開始します。
入院2日目、胸部CT検査を行い、明らかな縦隔気腫や縦隔炎がないことを確認しました。
入院3日目、上部消化管内視鏡検査を行い、食道に全周性の糜爛形成を認めます。潰瘍形成や穿孔は認められませんした。喉頭浮腫は改善していたため、同日午後に抜管しました。同日夕方には痛がることなく水を飲み込めたため、アルギン酸ナトリウム内用液内服を開始しました。
入院4日目、離乳食を開始し、以降は食事形態を徐々に上げました。
入院7日目、抗菌薬の投与を中止し、入院9日目に退院となりました。
自宅ではファモチジンとアルギン酸ナトリウム内服を継続しながら、食事形態を刻み食より徐々に上げるよう指示し、1週間後の外来受診時には普通食の摂取が可能となり、通院は終了となります。
なお、この時の直接医療費は合計1,382,220円でした。
類似事故(1歳4ヶ月の子ども)
2018年10月のある日の午後1時40分、母親はリビングにおり、1歳4ヶ月の女の子は襖を一枚隔てた隣の部屋に置かれた子ども用ケージの中にいました。ケージから手の届く距離の床にはリュックが置かれており、その正面ポケット内にランタン型のキーホルダーライトが入っていました。
上記時刻、1歳4ヶ月の女の子が急に泣き出し、母が見に行くとランタン型のキーホルダーライトの電池の蓋が開いており、2個あったはずのボタン電池が1個になっていました。
1歳4ヶ月の女の子はケージ内よだれを流しながら泣いており、何度もえずいていました。
母親は誤飲を疑い救急要請し、医療機関に搬送されました。
医療機関受診時、バイタルサインは体温36.6℃、脈拍数130回/分、呼吸数28回/分、SpO2 100%(室内気)でした。この時にはよだれを流したり、えずく様子もなく、吸気性喘鳴や末梢循環不良も認められませんした。
胸腹部X線写真でボタン電池が胃内にあることを確認し、誤飲から約3時間半後に全身麻酔下で上部消化管内視鏡を施行しました。食道入口部・噴門直上の粘膜に、線状の黒色変化がありましたが、損傷は軽度で粘膜表層の糜爛のみでした。胃内底部に食物残渣に包まれ腐蝕が進んだボタン電池があり、摘出しました。胃内には粘膜障害を示す所見は認められませんでした。
摘出後2時間ほどで飲水を開始し、その後食事を摂取しても全身状態は問題なく経過したため、入院翌日に退院となりました。退院1ヶ月後の電話連絡では、普段通り過ごしているとのことです。
なお、この時の直接医療費は282,300円でした。
類似事故(1歳11ヶ月の子ども)
2019年10月のある日の午前7時30分頃、父親が自宅を出る際には、1歳11ヶ月の子どもは普段と変わりなく遊んでいました。
午前9時00分、母親が起床した際に1歳11ヶ月の子どもは居間で遊んでおり、フタの開いたペンが床に落ちていました。ペンの3つある内臓電池が1つしかありませんでした。
このペンは数ヶ月前に購入した対象年齢6歳以上のマジックライトペンで、自宅の居間にある高さ120cm程度の棚の上に、箱に入れて置いていました。
1歳11ヶ月の子どもは機嫌よく無症状でしたが、母親は誤飲した可能性を考え、医療機関を受診しました。
X線検査でボタン電池が胃と小腸に1つずつ認められ、高次医療機関へ紹介となりました。
午前10時30分、紹介先の医療機関の受診時にバイタルサインは正常で本人の機嫌は良好でした。再びX線写真で確認し、ボタン電池は同じ場所にあるのを確認しました。
午後2時00分、三度X線写真で確認すると、ボタン電池は2個とも腸管まで進んでおり、そのまま経過観察となりました。
帰宅後、特に腹部症状は認められず、翌日には便とともに2個のボタン電池は排出されました。
類似事故(0歳11ヶ月の乳児)
2020年11月のある日の夜、0歳11ヶ月の男の子と2歳の従姉がキッチンタイマーを取り合って遊んでいるところを母親が目撃しました。
翌朝、母親がキッチンタイマーが使用できないことから電池が入っていないことに気づき、誤飲の可能性を疑い、11時頃に医療機関を受診します。
受診時、0歳11ヶ月の男の子の顔色は良好であり、聴診にて吸気性喘鳴も認められませんでした。しかし、胸腹部X線写真でボタン電池が胃内にあると確認され、高次医療機関を紹介されます。
12時30分、紹介された高次医療機関を受診します。この時の胸部X線写真では、ボタン電池は十二指腸付近まで進んでいました。受診後2時間で全身麻酔下に上部消化管内視鏡を施行したところ、胃体中部大弯に発赤あり、胃体下部から前庭部大弯にかけて線状の糜爛と発赤、ヘマチン(血液が胃酸によって変化した小茶色点)付着を認めました。胃内に異物は認められず、ボタン電池は小腸内に進んでいると判断されて経過観察の方針となりました。
さらに翌日、便の中にボタン電池の排泄を確認しました。
経口摂取開始後も問題のないことを確認し退院となりました。
なお、この時の直接医療費は入院費247,650円、外来費8,570円でした。
予防と対策方法
日本小児科学会によると、ボタン電池の誤飲は比較的頻繁に見られる事故とのことです。
誤飲の現場を確認できていればすぐに受診できますが、保護者が誤飲の現場を見ていない場合も多く、突然の嘔吐や流涎(よだれを垂らす)があった場合は誤飲を疑う必要があります。
ボタン電池は、喉頭や食道に停滞すると緊急度が上がり、重症度も非常に高くなります。犬の実験によると、食道にボタン電池が4時間停滞すると食道粘膜に糜爛が見られます。
一方で、食道を通過して胃内に入ると72時間以内に85.4%で便として自然排泄されます。この場合は緊急度は下がり、重症度も低くなります。
ボタン電池は、誤飲後の経過時間、電池の残存起電力、電池の停滞部位など、いろいろな要因が傷害の重症度に関与し、臨床的な判断に窮する場合が多い事故です。
また、摘出が必要となった場合には全身麻酔が必要になるため、子どもの小さな体への負担が大きい手術となります。
現在、ボタン電池は子どもが接する家庭内の電気製品,玩具などに広く使われており、子どもが接触する機会が多い製品です。そのため、ボタン電池の包装は子どもが開けにくい包装にする必要があります。また、電気製品や玩具などボタン電池を収納している部分の蓋についても、子どもが開けにくい構造にする必要があります。
今後も、電気製品の軽量化、小型化、薄型化が進み、ボタン電池が使用される頻度は高くなると予想されます。また、長時間使用できるように電池の起電力を高くする傾向もあります。つまり、ボタン電池の誤飲事故は増える可能性が大いにあります。
今回のような事故を予防するには、乳幼児が飲み込みやすく、喉頭や食道に停滞しやすい現在のボタン電池のサイズを検討する必要があります。実際、最近ではコピー用紙の13枚の厚さのフィルム状(5cm×5cm)の電池なども開発されています。
現状、ご家庭ではボタン電池の誤飲対策は難しいです。一方で、ボタン電池の誤飲は後遺症を残す可能性がある危険な事故でもあります。
少なくとも予備のボタン電池や使い終わったボタン電池は乳幼児の手の届かないところで管理しましょう。また、乳幼児の状況からボタン電池の誤飲の可能性がある場合は、すぐに病院を受診してください。
出典:公益社団法人日本小児科学会「No.013 リチウム電池の誤飲による食道粘膜損傷(事例1)」「No.013 リチウム電池の誤飲による食道粘膜損傷(事例2)」